bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

日本文化

甲子園大会はナショナルな祭事だ。

お盆と敗戦記念日にまたがるこの期間に夏の高校野球は開催されます。日本の8月は6日、9日、15日です。日本人が祖先や故郷そして祖国に想いを致す時季なのです。そのような感傷的な季節だからこそ、科学的で経済合理性過多の日常から抜け出したいのです。灼熱…

FIFAポーランド戦に美しい日本の終焉を見た

終盤に至るや見るに耐えない含羞なき同胞の球回し。「勝てば官軍」というが、勝ち敗けの前に道理がある。身を呈してでも道理に殉ずるのが清廉な日本人であったはずだ。相手チームに対する礼節を欠いた身勝手な行為はけっして容認できるものではない。そもそ…

日大アメフト部騒動にみる義理の悲劇

日大アメリカンフットボール選手のレイト・タックル事件が巷の話題となっている。 昨日おこなわれた本人の記者会見をみると愚行はどうも本人の意志ではなかったようだ。 この不祥事にたいする日大の一連の対応はあの戦争末期に起きた特攻隊の悲劇を想起させ…

「淑女は何を忘れたか」-映画評

この名画が日経の日曜版ではコメデイと紹介されていました。実はコメデイに偽装して戦前のエリートを笑い飛ばした市井映画なのです。なによりも桑野通子には度肝を抜かれます。そのハツラツさは小津の遺作「秋刀魚の味」冒頭の岩下志麻を彷彿とさせます。 桑…

白川道の小説

年に一度は白川道を読みたくなる。それは場末の酒場で無性に安酒をガブ飲みしたくなる気分に似ている。 雨上がりの夕暮れ時、盛り場の雑踏から逃れるように飛び込んだ裏路地の見知らぬ居酒屋。日陰の喜怒哀楽が焦げ付いた温風がエアコン代わりの換気扇に乗っ…

『日本人の「戦争」』

日本人の精神構造からあの戦争とはなんだったのかを抉る。その論考は哲学的深淵に至る名著。 楠正成、織田信長の戦から明治へと身分差別を打破して国民の時代を築いた日本。日清・日露は「国民の戦争」を戦うことができた日本。 しかし文明開化は欧米人でも…

俳優ー松方弘樹

「おやじさん、云うとってあげるが、あんたは初めから、わしらが担いでる神輿じゃないの。組がここまでなるのに、誰が血流しとるんや。神輿が勝手に歩けるいうんなら、歩いてみないや、のう!」「仁義なき戦い」第一作。松方演じる坂井鉄也が金子信雄演じる…

カープ女子は現政権への異議申し立てである。

(3年前の投稿) 南海ホークスが消滅してからというものプロ野球への関心は薄れていた。しかし巨人や阪神など人気球団が札束を積んでこれみよがしに地元フアンと球団が相携え育てた広島カープの選手を強奪していく、その傲慢な姿に憤慨していた。 福島原発の…

昭和45年という時代を抉り取った歌手 2

昭和45年4月には「圭子の夢は夜ひらく」7月には「命預けます」と連続してヒットを飛ばした。そして藤圭子は昭和45年の一年間で燃焼してしまったのだ。 ゲバラ、サルトルそして朝日ジャーナルに象徴される革命的未来に若者たちは憧れた。そんな輝かしいユート…

大震災に思う記憶と記録

震災という非常時の只中で被災した人が記録などとっている余裕はまずないでしょう。 そこで被災した人の記憶が継承され震災が語り継がれることになります。 ところが伝言ゲームに見られるように記憶が伝聞されると尾ひれがついて事実が歪曲されることがあり…

日本エンカ論。

演歌の北島三郎、都はるみ。 艶歌はちあきなおみ、美空ひばり。 援歌の水前寺清子、村田英雄。 縁歌は三波春夫、千昌夫。 遠歌の春日八郎、井沢八郎。 怨歌は梶芽衣子そして恨歌は藤圭子だった。

サザエさんと演歌の花道

日曜日の午後はいつも憂鬱な気持ちになった。夕暮れ時になると近隣のTVからサザエさんのテーマソンが華やかに聞こえてくる。すると月曜からはじまる暗澹たる仕事と眼の前に展開する茶の間の明るさとに大きな落差を感じた。日曜の夜があけると一転する己の境…

『ちあきなおみに会いたい』

いまだ喝采はなりやまない・・・。梅雨空が続き就職活動の話が学食で流れ始めた。ちあきなおみのデビュー曲「雨に濡れた慕情」が深夜のTVから毎晩流れ出したのはその頃であった。TVを持たぬ私は夜ごと隣室の会社員を訪れ持ち込んだ安酒を肴に彼とともに、TV…

任侠映画を超えた日本映画の最高峰「総長賭博」

三島由紀夫いわく「これは何の誇張もなしに『名画』だと思った。」ギリシャ悲劇を超えたと絶讃した作品です。三島が絶賛したのもむべなるかなで一部の隙も無駄もなく日本文化の清華を下敷きに日本社会の悲劇を描き出しています。 組織(義理)と個(人情)の葛藤…