bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

任侠映画を超えた日本映画の最高峰「総長賭博」

 

三島由紀夫いわく「これは何の誇張もなしに『名画』だと思った。」ギリシャ悲劇を超えたと絶讃した作品です。
三島が絶賛したのもむべなるかなで一部の隙も無駄もなく日本文化の清華を下敷きに日本社会の悲劇を描き出しています。

組織(義理)と個(人情)の葛藤。

それを日本古来の土壌が生み出す宿命とする諦観に異議を唱えるのです。そして練りに練ったアンビヴァレンツ(愛憎併存)な心理劇に仕立てあげています。日本的様式美に徹して哀感を描く映像が内に内にと心理的葛藤の闇に誘います。

とくに雨の墓地のシーケンスは秀逸です。断ち切れぬ義理と人情の狭間で自害した連れ添いの墓前にたたずむ鶴田浩二、その後ろ姿を見つめる妹の藤純子、その横に夫の若山富三郎、この三人が深緑に埋めつくされた無人の墓地を背景に血縁、婚縁、組織縁の葛藤を軸にして展開する組織論。簡潔なセリフのやり取り、それを覆いつくして篠突く雨、その雨のなか三人がさす薄茶、薄紫、薄緑の番傘、その傘がそれぞれが背負った悲しき性、それ故に断ち切れぬ義理と人情のしがらみを象徴して哀しいほどに美しい。

京都で青春を燃焼した監督山下耕作が蓄積してきた日本古来の文化と人情そして自然との様式美を丁寧に静謐に結晶させています。
山下独特の色彩感覚と雨がもつ情緒の組み合わせはまさに名人芸です。さらに権力抗争の途上で期せずして担ぎ出された総長役の名和宏が素晴らしい。普段の悪役から一転して兄貴分の鶴田への「義」と同輩の若山への「情」の両立に悩みぬく男心をみごとに演じています。

全編を貫く研ぎすまされたせリフと端正な映像は一分の隙もなく悲劇の終末へと向かう。
かのヴィスコンテイの「ベニスに死す」にも比肩する格調と哀愁を醸し出した任侠映画を超えた日本映画の傑作です。