bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

「開戦神話」-対米通告を遅らせたのは誰か-書評

 

著者は開戦当時小学5年生の井口武夫、外交官。父君は開戦当時の在米日本大使館ワシントン勤務の外交官でした。

フランクリン・ルーズベルト大統領(FDR)は真珠湾攻撃を事前に知っていたが何の行動も起こさず日本を悪者にして日米戦争に引きずり込んだという陰謀説があります。

この本ではFDR陰謀説に懐疑的な背景と開戦通告を遅延した日本の問題が指摘されています。 

FDRの日本挑発については、「アメリカ政府は日米開戦直前までドイツがヨーロッパを席巻しないかと憂慮していた。日本への危機は二次的な関心にすぎなかった。だからこそ経済制裁で日本を屈服させられると考え日本の不意打ちにあった」と記しています。 

ハル・ノート」については次のような説明がされています。

「日本の最終提案には、アメリカが全面的に受諾すべき最終期限が付せられており、それ以上交渉をつづけない明確な意思表示をしている点では、交渉期限を付していないハル・ノートよりも国際法上の最後通牒の性格に近い外交文書であった」

「しかし、ハル・ノートが出された結果、禁輸緩和の最終交渉に入れないまま戦争に突入したので、日本軍部の期限付きで独断的に交渉を打ち切ろうとした態度の是非が、戦後の日米交渉史の批判的検証から外され、ハル・ノートによる対日戦の意図的な挑発という日本軍部に都合の良い通説が定着した」

 

またFDR陰謀説の背景として以下の二点を挙げています。

アメリカ学会の修正主義史観

 英国を助けて独国を破るため苦肉の策としてFDRが日本に先制攻撃をさせ対独参戦の   大義名分を得るため。

・英中陰謀説

 ヒトラーに敗北寸前のチャーチルと国民党内に対日宥和派が出現し狼狽する蒋介石が語らってルーズベルトを巻き込んで対日独戦に持ち込んだ。

 

いっぽう日本側には対米通告が遅れた問題があります。 

・外務省から在米大使館へ開戦日の朝に到着した電報の謎。

対米通告の発信が大本営、政府連絡会議で「12月7日午前4時」に完了されるべく決定が

あったにもかかわらず外務省からの発信は12月7日午後4時と12時間も遅れた理由が解明されない。

・親電押収事件。

 FDRが開戦直前、昭和天皇に戦争回避を訴えた親電が長時間陸軍に押収された。

 親電の解読工作こそが対米通告の発信を保留させられた問題に絡んでいる。

 12月7日正午に中央電信局に入った親電は参謀本部通信課の戸村盛雄少佐により10時

 間差し押さえられた。親電が、日本を悪者として世界に宣伝して袋叩きにする謀略工作だと考え参謀本部作戦課の瀬島龍三少佐と協議した独断的な行動だった。