bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

擬制国家に終幕を

昨年NHKが全国の18歳と19歳、1200人を対象に行った世論調査によりますと、日本が終戦を迎えた日について、14%が「知らない」と答えました。

12月8日について質問をしても同様な認知度でしょう。

 

スマホとSNSに没頭する若者、マネーゲームとスキャンダルに狂奔する大人たち、人倫が地に落ちた日本社会。政治は労働と賃金の規制を強化して国家社会主義へと舵をとっていきます。

このまま敗戦の屈辱に蓋をして負の歴史を忘却の彼方に追いやってしまってよいのでしょうか。

 

敗戦を終戦と言い換えた昭和20年の夏から73年が経過した今年の夏は

平成、最後の夏です。

そこで歴史を振り返り日本について考えてみました。

 

Ⅰ.アメリカとの関係

 

1945年夏、大日本帝国は連合国軍に無条件降伏をしました。

それから一年余りが過ぎると新生日本の憲法が公布されました。

新しい憲法は敗戦で打ちひしがれた日本人の将来への不安を和らげるものでした。なぜなら意外にも昭和天皇=国体の護持を憲法の冒頭に打ち出したものだったからです。

 

いっぽう、この冒頭の条文により国民の間で喚起され得る軍国主義への揺り戻しをGHQと政府は懸念していました。そこで新憲法の趣旨は国民主権基本的人権の尊重と平和主義(三大原則)であると国民に説明したのです。

この三大原則は戦争で疲弊した日本国民のみならず戦火に朽ちたアジア諸国に対する日本再生宣言として容易に受け入れられるものでした。

 

しかしこの憲法の本質は日米が結託した天皇=国体の護持であったのではないかと推測しています。その推測の背景は次のとおりです。

 

(占領下に公布された憲法

 

日本は1945年9月2日から1952年4月28日まで連合国軍(米軍統治部隊)の占領下におかれていました。この占領下の1946年11月に日本国憲法は公布されています。

憲法が公布されたのは連合国軍の占領(実態は米軍占領部隊、以降GHQの呼称を使用)からわずか1年余が経過したばかりで占領終了となる5年半も前のことです。

 

連合国軍統治下の日本においてなぜ憲法が必要だったのか、そもそも独立国ではなく被占領統治下において公布された憲法に正統性があるのでしょうか。

 

憲法そのものの正統性が疑われるにもかかわらず日本政府とGHQは憲法公布をなぜ急いで強行したのでしょうか。

ここにGHQが仕掛けた時間のトリックがあると思います。

 

憲法公布を強行した理由は次のように推測します。

 

1.GHQは早急に日本国民を安堵させ占領政策を円滑に進めたかった。

そこで情緒的な日本人の国民性を逆手にとりあえて日本の國體は敗戦後も揺るぎないことを暗喩で伝えるべく憲法第一条に象徴なる天皇と打ち出した。

この暗喩はストレートな国家安泰のメッセージとして国民に好感をもって受容された。

 

なぜなら大東亜戦争を通して国民の精神生活を支えたのは「教育勅語」と「國體の本義」で叩き込まれて骨肉と化した万世一系の皇統による天壌無窮の皇国日本であったからです。

実はこのGHQ決断の背景には昭和天皇の戦争責任回避への動向が大きく影響を与えていたのです(憲法第一条が天皇である背景)。

 

2. GHQは占領終了後の日本で憲法を修正、廃止されることを恐れました。なぜなら7年近くにわたる占領期間で営々と築いた日本における自国権益を損なう可能性があるからです。そこで容易に憲法の改正が出来ないように占領下の憲法公布というジレンマである「憲法の正統性への疑義」という罠を日本に仕掛けた。

 

憲法第一条が天皇である背景)

 

この背景については以下のように推察しています。

 

一、昭和天皇の最大の関心事は15年戦争開始時から敗戦後まで国民生活ではなく國體=天皇の維持と存続であった。したがい昭和天皇は無条件降伏後に自身の戦争責任回避はすなわち國體護持であるという願望達成に傾注した。

二、いっぽう国民への強力な影響力を持つ天皇の力(現人神として國體の象徴)をGHQは熟知していた。そこで占領統治にあたり狂信的な愛国者や不満分子の暴動などを危惧していたGHQは天皇を利用して占領政策を効果的にかつ穏便に進めることを統治方針とした。

 

ここに「國體(天皇)護持という免罪符による昭和天皇の戦犯訴追回避」と「昭和天皇利用によるGHQの日本統治戦略」という日米の思惑が一致して「國體の象徴としての天皇」という切り札、憲法第一条の成立を見たのです。

 

そして日本国民の象徴たる昭和天皇=國體は1947年9月に沖縄メッセージ(参考-1)を出すという致命的な違憲行為をおこないGHQ=アメリカの永続的な対日統治システムの罠に取り込まれていったのです。

 

憲法の実質的上位法、日米地位協定

 

日米地位協定は1960年に締結されました。その前身は1952年2月に外務省庁舎内で結ばれた日米行政協定です。1951年9月サンフランシスコ講和条約が結ばれ日本が独立国となってから半年後のことです。憲法は1947年5月に施行されています。つまり独立国として承認される前です。

このような敗戦後の錯綜した背景で密かに結ばれたのが日米地位協定です。その内容は簡潔にいうと「独立後の日本ではGHQ が在日米軍になりすました」ということです。(敗戦を終戦と言い換えたことに似ています)

 

この実態を証明したのは1959年、砂川判決において最高裁在日米軍治外法権を認めたことでした。つまり日米地位協定憲法の上位法であることを最高裁が裏書きした判決でした。

 

この日米地位協定に基づき日本の官僚と米軍が毎月打ち合わせ協議をしています。協議主体は日米合同委員会という名前ですが、日本代表は外務省北米局長なのです。防衛大臣でも外務大臣でもありません。不思議に思われるがここにも法のトリックがあります。公務員法トリックと呼ばれるものですが長くなるので説明は省きます。(参考-2)

要点は敗戦後の新憲法で権限を失ったかにみえる天皇の官吏たちは特権を維持しているのです。

 

以上のごとく占領下におけるGHQ=アメリカの巧妙な戦略に取り込まれた自称法治国家の日本は法治を唱えるほど内外から法的に拘束されて自縄自縛におちいる状態にあるといえます。

 

Ⅱ.国際連合=国際社会における日本のポジション

 

(いまだ敵国条項の対象国である日本)

 

国際連合憲章は1945年10月24日に発効した国際連合の目的を達成するための国際条約ですが第53条、第107条には敵国条項(enemy state 

clause)の規定があります。(参考-3)

 

この条項の対象国は第二次大戦中に連合国の敵国であった国すなわち日本、ドイツ、イタリア、ブルガリアハンガリールーマニアフィンランドの7カ国ですが日本とドイツを除く5カ国は大戦中に枢軸国側から離脱しており実質的な敵国は日本とドイツです。

条項の主旨は、条項対象国が戦争結果の確定事項に違反し侵略行為を再現するような行動等を起こした場合には、国連加盟国や地域安全保障機構は、国連憲章51条に規定された安保理の許可がなくとも当該国に対して軍事制裁を課すことができるとしています。

 

(*)第53条の執筆者である米上院議員アーサー・ヴァンデンバーグは起草委員会の席上で「主要な目的は、ドイツと日本の永久的かつ有効な非武装化であり、それら2カ国の支配である」とのべたと議事録にある。つまり、あらゆる紛争を国連に預けることを規定した国連憲章51条の例外規定として敵国条項に該当する国が起こした紛争に対しては自由に軍事制裁を課する事ができるのである。さらに旧敵国との紛争については平和的な解決義務すら負わされていないとされている。(下線は小生)

 

国連憲章にも日本拘束の罠)

上記のようにいまだ日本は世界の敵国としての軛ははずされた状況にありません。

さらに第107条にあるとおりアメリカはGHQ占領統治時代に遡り日本国の生殺与奪を左右できる行動権を有しているのです。

 

国連創始期から世界情勢は変化して日本も大きな国際貢献をしてきたのでこの条項は死文化したというのが国内では大勢の意見のようです。

しかし国連憲章の解説書によるとドイツはともかく日本は未だ敵国条項の対象として存続している可能性が高いと思われます。何故なら世界80余名の法律家による国連憲章解説書によると、ソ連(ロシア)を含む連合国は第107条にもとづく権利を、少なくともドイツとの関係においては放棄したように思われるとか、東欧政策の諸条約は、ドイツと東側の隣国との関係において第107条をそして第53条をも無効にしたなどの記述があるものの日本に関する記述は見受けられないようです。

 

Ⅲ.國體について

 

「國體」とはなにか。

誤解を恐れず大胆にいうならば私は「國體」を次のように考えています。

天皇天皇制がはたしてきた政治支配の体制(政体)を根拠づける役割で政体に対する国体というテーゼ、アンチテーゼをアウフヘーベンするものまたはされたもの。と書いたもののわかったような気がするものの良くわかっていません。本当は曖昧模糊としたもので国民それぞれが心の中に持つ国家と民族への家族愛的な郷愁そして自然と人生の同一視という安息できる非合理観ともいえるもので一億の國體があるのかもしれません。

 

Ⅳ.擬制国家に幕引きを

 

いままでの考察を要約すると日本の状況は以下のようなものです。

 

世界との関係ではいまだ「第二次大戦の敵性国家」

アメリカとの関係では永続的に「主権のない従属国」

自国では「憲法に鎮座する上位法」

 

どうしようもないほど憲法日米地位協定そして国連憲章と幾重にもがんじがらめに絡めてに捕捉された状態にあります。

 

敗戦から73年いまだ日本は連合国軍占領下の状況に置かれたままま首都の制空権すら持ち得ない擬制独立国家に埋没しているのです。

 

いわば釈迦掌中の孫悟空で東洋の涯の独立国家を偽装した所詮は砂上の楼閣に過ぎません。

 

すでに遅きに失してはいるものの日本は一刻も早く敗戦から引きずってきた軛を外して茹でカエル状態から脱出しなければ国家の蒸発があるのみでしょう。

 

ところが安倍首相はトランプ大統領と100%共にあると得意満面で星条旗の旗振り先導役をつとめ国家延命の手段にすぎぬアメリカへの隷属と日米同盟を自己目的化するという有様です。

 

まさに「大君(アメリカ)の醜の御楯と出で立つわれ」(白井聡)で「菊の國體は星条旗に」すり替わったことを世界に宣言しているのです。

 

日の丸の星条旗化とは、すなわち昭和天皇とGHQの思惑が一致した国民不在の敗戦合意への原点回帰であり、永久敗戦国、日本の実態です。

 

真実の独立国家たりえない日本で主体的に国家百年の計や国家ビジョンなど構築することなどいくら願ってもできるはずがありませんでした。

 

日本の政治が所得倍増、日本列島改造、郵政改革そしてアベノミクスなど戦後一貫して経済繁栄の小手先戦術論に終始してきたのはもっともで、これらの戦術が国民に繁栄をもたらしたことは間違いありません.

 

しかし国家としての目標やビジョンを生み出すことはありませんでした。

 

これから航海に出るのに目的地が明確でなくては航海途次の障害物も必要とされる装備や糧食も計算できません。

しかるに憲法や国防を論じるのによって立つ脚元が鎖につながれた擬制の独立国家で国家の目的地=国家ビジョンがなくして何を目的にどう語ることができるのでしょうか。

 

目の前の事象に惑わされ刹那的で機会主義的に反応し挙句の果ては手段を目的化して自滅する。どうも日本民族の悪しき習性のようです。

 

改憲や国防論議の前にまずやるべきことはこの国を真の独立国家とすることです。

 

今上天皇は父の不始末を詫びて沖縄をはじめ日本が戦争に巻き込んだ東南アジア諸国を歴訪されて慰霊の行脚を続けてこられました。

また憲法の許容範囲をわきまえて象徴天皇への疑義を問いかけ精一杯に擬制国家の終焉に向け幕引きの努力をされています。

そのお姿には心から頭が下がります。

陛下の御意志を汲んで星条旗や国連の巧妙に仕組まれたからめ手の拘束を早急に解きほぐしていくこと、そのための方策について議論を戦わせ偽装国家の幕引きにむけて輿論を巻き起こす平成の秋です。

 

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*参考-1(沖縄メッセージ)

1947年9月、昭和天皇宮内庁御用掛の寺崎英成を通じてシーボルト連合国最高司令官政治顧問に米国による沖縄の軍事占領に関する天皇の見解を伝えました.その内容をまとめたメモです。内容は以下の通りです。
 米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む。
 占領は、日本の主権を残したままで長期租借によるべき。
 手続は、米国と日本の二国間条約によるべき。

 

このメモのコピーは沖縄県公文書館に展示されていましたが、安倍政権になるとその時期は不明なるも展示はなくなったようです.
 
 

*参考-2(公務員法トリック)

 

阿久根市長 竹原 信一さんがわかりやすく説明していますので次に引用します。

 

『公務員法トリック』

意外な事に、日本国憲法で定められている「公務員」は今私達が考えている公務員ではありません。

 

日本国憲法 第15条(公務員)

①公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である。 

②すべて公務員は全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない。 

③公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

 

つまり選挙によって選定される政治家が公務員なのです。そしてお役所の職員(役人・官僚)については73条に「官吏」とあります。

 

憲法73条(内閣の職務)

④法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。

 

このように新憲法で権限を失うことになった天皇の官吏たちなのですが、国家公務員法で再び特権獲得を実現するのです。

 

国家公務員法 第1条

①この法律は、国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準(職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む。)を確立し、職員がその職務の遂行に当り、最大の能率を発揮し得るように、民主的な方法で、選択され、且つ、指導さるべきことを定め、以て国民に対し公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする。

②この法律はもっぱら日本国憲法第73条 にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定める。

 

国家公務員法では、「官吏(職員)を公務員と呼ぶ。公務員は職員集団の福祉および利益の保護確立をする。その上で、国民に対する職員の集団主義的な運営を目指す」というわけです。役人が事実上の主権者、そして『公務員』は自身の利益と福祉の獲得を目指す権限を持つ身分集団です。 政治家は特別職として公務員の添え物扱い、添え物を選ぶ国民に主権などありません。当事者意識をなくすのは当然です。役人主権のままである限り、地方分権問題も役所間の利権問題にすぎません。

 

*参考-3(国連憲章)

 

第53条〔強制行動〕  

1.安全保障理事会は、その権威の下における強制行動のために、適当な場合には、前記の地域的取極又は地域的機関を利用する。但し、いかなる強制行動も、安全保障理事会の許可がなければ、地域的取極に基いて又は地域的機関によってとられてはならない。もっとも、本条2に定める敵国のいずれかに対する措置で、第107条に従って規定されるもの又はこの敵国における侵略政策の再現に備える地域的取極において規定されるものは、関係政府の要請に基いてこの機構がこの敵国による新たな侵略を防止する責任を負うときまで例外とする。

2.本条1で用いる敵国という語は、第二次世界戦争中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国に適用される。

 

第107条〔敵国に関する行動〕

この憲章のいかなる規定も、第二時世界戦争中にこの憲章の署名国の敵であった国(例えば日本)に関する行動でその行動について責任を有する政府(この場合、アメリカ)がこの戦争の結果としてとり又は許可したものを無効にし、又は排除するものではない。

(カッコ内注記、下線は小生)