bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

強制される忖度

飛行機や新幹線に乗ると通路側の席につくのが私の常である。理由は出入りが楽なこと、それに狭い通路とはいえ密閉空間の息苦しさを和らげてくれるからである。

 


新幹線を利用した時の出来事である。

読書に熱中していた私の横に初老の男が立ち尽くしていた。そこで、窓側の座席が空いていたので「こちらですか」と聞くと無言のまま私の膝を跨いで隣に座った。失敬な、と思いつつ男がバッグパックから取り出した本に目をやった。歴史旧跡のガイドブックである。そういえば名勝地への玄関口がこの先にあったなと思った。再び読書に戻った私は、列車がその駅に到着したことに気がつかなかった。その男は立ち上がると無言で私の膝を乗り越え去っていった。

そこで本を隣の空席に置いて、乗車駅で求めた駅弁を開け昼食をとり始めた。するとまた横に人が立っている。今度は妙齢の女性だ。口をへの字にして隣の席を指差している、こちらと聞くと無愛想な顔から「エエ」と甲高い声が返されてきた。

本を取り上げ、もう一方の手で弁当を本の上に置き片手で座席前のテーブルを跳ね上げると読みさしの本が床に滑り落ちた。その本を靴のつま先で横に払い優雅な身のこなしで私の前を通過して女性は横の空席に座った。本を蹴るとはとむかっ腹が立ったが食事が不味くなるので怒りを抑えた。

そして終点を告げる車内アナウンスと同時に私は席を立って降車ドアに向かった。

 

どこに座っていようと、人間は置き物ではないのである。「すいません」の一言がなぜ言えぬのだろう。

 

日本人はいつから他者への思いやりを忘れ、逆に他者が自分に配慮するのが当然だと思うようになったのだろうか。謙虚さを失い忖度を他者に強制する社会など御免被りたいものだ。