日本は敗戦後の1945年9月2日から1952年4月28日まで連合国軍(米軍統治部隊)占領下にあり日本国憲法は1946年11月に公布されました。
わたしの疑問のひとつは憲法第一章第一条がなぜ天皇から始まるのかということです。
戦後教育で憲法のポイントであると教えられた国民の権利・義務や戦争放棄ではありません。(前文には触れられていますが)
それは敗戦後の日本を混乱なく武装解除するため日本国民が現人神と崇拝していた天皇を前面に押し出すことで円滑な統治を完了させたいというマッカーサーの統治戦略を盛り込んだものかとおもいます。
ふたつめに不思議なことは日本国憲法が連合国軍統治下で公布されていることです。
つまり独立国ではない占領下での憲法公布なのです。
独立国ではない憲法に正統性はあるのでしょうか。生殺与奪権はアメリカが握っているのでしょうか。
いうまでもなく憲法とは国民の権利、地位や国家の統治機構およびその運営の根本について定める国の最高法規です。つまり国家運営のルールといえます。
いっぽう憲法は国家権力の専横と暴走を制御する法規でもあります。
換言すれば国民が統治機構とその運営を監視するツールといえます。
とうぜんですがルールもツールも所詮は目的達成のための手段にすぎません。
しかし憲法第九条を唱えていれば戦争にはならないとか第十三条を盾に個人の尊厳と権利、自由は保障されており周囲環境の変化に関係なく何の問題もないとする、いわゆる平和ボケ、自由ボケなどが巷に溢れています。
これでは手段を目的化してしまっているのではないでしょうか。
このあいだに統治機構は国家運営のルールを改変してきています。
たとえば憲法第九条平和主義は自衛隊イラク派遣からはじまり有事法制3法、安保関連法案により武力行使が可能となり、憲法十三条個人の尊厳は個人情報保護法、特定秘密情報保護法、個人番号法そしていわゆる共謀罪法といつのまにか有名無実化され国民はパノプティコンの罠にはまっています。このようなことが可能になったのは立法、司法、行政の三権分立が実質的に形骸化しつつあることにもその要因があると思われます。
いずれにせよ憲法の字面や三権分立形式にその変更はなくとも憲法は大きな変質を遂げつつあるのです。
そんな統治システム水面下の変化を看過している私たちは平和ボケや自由ボケではなくて国民の権利・義務を放棄しかねない「憲法ボケ」状態なのではないでしょうか。