スマートフォンを失くすくらいなら自動車を失くした方がましだ!
冗談ではなくそうかも知れないと思う人が少なからず存在するのではないだろうか。
急増するインターネット接続依存症その媒介助長機能として縦横無尽のスマートフォン。なぜか手許にスマートフォンがないと不安で落ち着かない。
もはやスマートフォンは通貨に次ぐ必需品になったのかもしれない。
そんなスマートフォンの魔力はどこにあるのだろうか。
本書を読んでそれはコンテキストの創造能力にあるのだと想定してみた。
コンテキストの構成要素はモバイル、ソーシャルメディア、ビッグデータ、センサー、位置情報でありそのプラットフォームがクラウドコンピューティングであると本書はいう。
なるほどその通りならばまさにスマートフォンは万能だ、まことにわかりやすい。
かっては豊かな生活というコンテキストを象徴する自動車(モノより想い出という名CMが懐かしい)はいまやスマートフォンに日常生活のコンテキスト・システムの中心を奪われつつあるのだ。
だから自動車メーカーは血道をあげて自動車をスマートフォン化しようとしているのだ。でもその結果は見えていてコモデテイ化の果ての敗者でしかないのでは・・・車はウエアラブルにはならないもの。