bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

歌謡曲にみる汽車の意味

 汽車には、人や物の運送を担う公共の交通機関としての役割のみではなく人の喜怒哀楽を誘引する不思議な力があると思う。汽車は同じ鉄路を毎日往復するのに、人は一期一会の思い出を汽車に託して記憶する。幼い日、田舎道が鉄道と交差する小高い丘の踏切を通過していく汽車を見るのが楽しみだった。汽笛を鳴らし薄暮のなかを走り去る列車の赤いランプに、なぜかもの悲しさを覚えたものである。当時、春日八郎が唄う「赤いランプの終列車」(作詞 大倉芳郎 作曲 江口夜詩)がラジオから流れていた。その哀愁を帯びたメロデイーが私を虜にしたのだろうか。以来、ことあるごとに歌謡曲と汽車を関連付けて考えるようになった。そして歌謡曲に唄われる汽車とは「別離」と「望郷」のシンボルではないかと思うようになったのである。その背景を説明したい。

 

「別離」の象徴としての汽車がある。

別離には多様な背景を持つ別れがある。予め別れの時期も対象も定められている別れが卒業である。<二度とかえらぬ 思い出乗せて>(「修学旅行」作詞 丘灯至夫 作曲 遠藤実)と汽車の旅でクラス友達と別れていった。いっぽう戦前には強制された別離があった。突然の召集令状による家族、友人、恋人との予告なき別れだ。駅頭で夫を送り出した新妻は<いまごろあたり汽車を降りてか>(「明日はお立ちか」作詞 佐伯孝雄 作曲 佐々木俊一)と抗えぬ運命に涙した。戦後になると、焼け跡から復興した経済構造は第一次産業から第二・三次産業にシフトして農・漁村は窮乏していった。生活苦から農・漁村の若者たちは家族に別れを告げ<故郷の香りをのせて・・・就職列車にゆられて>(「ああ上野駅」作詞 関口義明 作曲 荒井英一)都会に流入した。そして若者たちは高度経済成長を支えて豊かな社会の構築に貢献した。やがて驚異的な経済の発展は<止めるあなた駅に残し 動き始めた汽車に ひとり飛び乗った>(「喝采」作詞 吉田旺 作曲 中村泰士)と、男性社会への訣別を告げ独り立ちする女性を輩出していった。しかし、過度に経済偏重する社会は、健全な人間関係を損傷していった。恋に真剣に向き合う人は<文字のみだれは 線路の軋み>(「愛の終着駅」作詞 池田允男 作曲 野崎真一)と恋人と決別し自分探しの旅に出かけ、社会のしがらみを捨て感情に素直に生きる人は、<たとえひと汽車おくれても すぐに別れはくるものを わざとおくらす時計の針は>(「女の宿」作詞 星野哲朗 作曲 船村徹)と逢瀬のひと時を切り刻む汽車の運行の正確さを恨み、時計を辛い浮世に見立て針を遅らせるのであった。所詮、この世は虚構に過ぎぬと社会に背を向けた人たちの決意と諦観とが汽車の運行に託され唄われているように思える。 

 

「望郷」(物理的な出生地のみでなく精神的な逃避先の意味をも含む)の表象としての汽車は、ひたすら「北」を目指す。

かって北国の農業従事者は農閑期になると都会に出稼ぎに出掛けた。そして春がくると故郷行きの汽車に飛び乗り<いつもじょんがら 大きな声で 親父(おとう)唄って 汽車からおりる>(「津軽平野」作詞作曲 吉幾三)のであった。人は悲しみに出会い不遇にかこつと何故か北に向けて旅立つようだ。そんな人たちが乗る汽車が北国行きの夜汽車だ。華やかさの裏の空虚な都会生活に疲れ北に向かう女がいる。<女がひとり 汽車から船に乗りかえて 北へ流れる>(「おんなの海峡」作詞 石本美由起 作曲 猪俣公章)<つぎの北国いきが来たら乗るの スーツケースをひとつ下げて乗るの>(「北国行きで」作詞 山上路夫 作曲 鈴木邦彦)。また大志を抱いて都会に出たものの夢破れ故郷に帰る若者も北に向かう汽車に乗る。<窓は夜露に濡れて・・・北へ帰る旅人ひとり涙流れてやまず>(「北帰行」作詞作曲 宇田博)。年の瀬、思いつめたあげく北国行きの夜行列車に飛び乗った女。その一途な思いは窓外の冬景色を取り込んで一片の風景画と化していく<暦はもう少しで今年も終わりですね・・・ 逢いたくて夜汽車乗るデッキの窓に・・・追いかけて追いかけて・・・雪国>(「雪国」作詞作曲 吉幾三)雪の中ひた走る夜汽車の振動と望郷の鼓動が激しく共鳴し悲壮なほどの哀切感を漂わせる。