普段でもボケている意識や感覚は連日の酷暑で朦朧としています。
涼を求めて東北へ、朝から寝転んで「おくの細道」を読み始めていつの間にかウトウト、
バサリと本が顔を叩いて目が覚めるという怠惰な日々を過ごしています。
そんななかで芭蕉の「推敲」に対する情熱というより執念に心打たれています。
AIがいくら進化してもこのような「推敲」のレベルに達することは難しいと思わせます。
森様に対しては、釈迦に説法ですが「推敲」とは、文章や詩などをより良くするために
言葉や表現を何度も練り直すことを意味します。
その由来は、中国の故事にあるといわれます。
唐の詩人、賈島が長安に出てきたとき、「月夜に僧が門をたたく」という詩句を作ろうとした。
そこで「僧は推(お)す月下の門」か「僧は敲(たた)く月下の門」つまり推すか敲くか
どちらにするか迷っていて、賈島はうっかり長安の長官である韓愈の一行にぶつかってしまった。
賈島はそこで理由を話したところ、漢詩の大家でもある韓愈は、月下に音を響かせる情景が浮かぶ
「敲く」とするのがよいとアドバイスしたという話です。
このことから「言葉を吟味し、何度も修正すること」を「推敲」と言うようになったということです。
今は亡き松岡正剛さんが「おくの細道」における推敲の足取りを詳細に検証されています。
その一部を引用して我流解釈を加えて「推敲」の凄さ、醍醐味をご紹介します。
芭蕉の紀行文は、旅を終えたあとにいろいろと編集構成(松岡流にいうと編集工学上の推敲にあたる)されたものであり、事実と多くは異なっていたらしい。 例えば「あらたふと青葉若葉の日の光」を詠んだという日光にさしかかったその日は雨だった。 松島に着いた時にはすぐに舟に乗っているのに、それを翌日のことと記している。いずれも曽良の日記で明らかになったという。
さらに重要なことは、徹底して最初の句を「推敲」していたということである。 その推敲もその場ではなく後日の文脈に合わせた、超然たる俳句を確立するための推敲であった。
以下その推敲例である。
*初)は最初に詠んだ句 後1・・)は推敲の順番 終)は最終の句。
初) 山寺や 岩にしみつく 蝉の聲
後1)さびしさや 岩にしみ込む 蝉のこゑ
後2)淋しさの 岩にしみ込む せみの聲
終)閑(しずか)さや 岩にしみ入(いる) 蝉の聲
しみつく、では色彩の付着が残る。しみ込む、はセミの(に)意思が出る。しみ入(いる)、になってようやく静かさとの対比が無限に浸透して行くことになる。静かさは「閑さ」でなければ臨場感がでない。
初)涼しさや 海に入れたる 最上川
後)涼しさを 海に入れたり 最上川
終)暑き日を 海に入れたり 最上川
涼しさ、は一転して暑き日に変わっている。海そのものが涼しさを想像させるものゆえ、そこに涼しさを入れるのは野暮というもの。暑き日が入った方がより涼しさを引き出す。
これがどうやら「おくの細道」という紀行文の文脈に添って手を入れた推敲というものらしい。
AIがいかに進化しようともビッグデータ解析による普遍性と客観的表現を強みとする生成AIでは、日本語の特性を昇華する「推敲」という芸域に達するのは容易ではないだろう。
(参考・引用文献、松岡正剛「千夜千冊」第991夜、おくの細道)