bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

『緩慢の発見』シュテン・ナドルニー 著

ドイツ文学の新たな古典と評価される一冊。
なんとも不思議な小説。19世紀北極圏で全滅したフランクリン隊は冒険史上有名な逸話らしい。その隊長であった探検家ジョン・フランクリンの生涯を描いた小説。幼いころから海を夢見ていたが、生まれつき話すのも動くのものろく、ボール遊びの輪にも入れない。唯一、教師のオームだけが彼に潜む長所に気づく。理解するのは遅くても、一度覚えたことは決して忘れず、他の子供たちよりも深い洞察を得るのだ。教師の推薦で親を説得し10代前半で海軍に入ったジョンはトラファルガー海戦を含む幾多の戦役を経てオーストラリア探検、タスマニア総督そして北西航路発見、北極圏遠征とひと時も休息のない冒険活動を展開する。これは本来なら勇猛果敢で血沸き肉躍るお話。しかし著者は生まれながらに緩慢な主人公の思考過程とその結果到達した結論、行動を精細に描き切る。その行動が予期せぬ結果を生み出していく。主人公の緩慢さを嘲笑したジョンの関係者はジョンへの否定から是認そして賛美へと変化して行く。迅速さにしか優位性を誇示できぬ幾多の点が緩慢な回帰曲線へ、動をテーマに静に収斂していく悠久の幾何学絵巻である。判断と行動の迅速さは必ずしも思考の高品質化ではない。近ごろの高速情報ITネット文化を考えると身につまされる。30年前のベストセラー今ではドイツ現代文学の名作と納得。