週間エコノミスト12/31・1/7合併号に一橋大大学院の福富満久教授が寄稿、アメリカ民主主義の特殊性に関するエマニュエル・トッドの論考を紹介している。
今回のアメリカ大統領選では、ヒスパニック系もアジア系もトランプ氏を拒絶しなかったのはなぜかが話題になった。その理由について、トッドは自身の仮説「黒人やインディアンに対する差別が結果的に日系、朝鮮系、ベトナム系、中国系を準白人として格上げしているに過ぎない」アメリカの社会状況からして、黒人と同じ扱いをされては困るというヒスパニック系とアジア系の意識がなせる投票の結果だと説明する。
福富教授は、このようなトッドの考えを一笑に付すことはできるだろうかと疑問を呈する。
弱者は生き残りを賭け強者に縋り、ひたすら忖度を重ねる。その結果、持てる者をさらに富ませて強くしていく。そしてアメリカでは富そのものが力となり権力を握り法をも屈服させて支配下に置く。これがアメリカの民主主義というものであろう。
新大統領の就任式まじかのアメリカでは、退任を控えたバイデン大統領が恩赦を否定していた自身の次男ハンター・バイデン氏の恩赦に署名、また2021年の米議会襲撃事件を誘発したとされていたトランプ氏に対する起訴を特別検察官は取り下げた。
畢竟アメリカ社会では、自由で平等な人間関係というものは白人だけのものであり、この前提のもとアメリカの民主主義は構築され成立しているのであろう。
イギリスの名誉革命にはじまるボトムアップ型「法の支配」とは縁遠く、見えざる手から見える手へとピュリタニズムの倫理に育まれてきたアングロサクソン型の資本主義とは異質の優勝劣敗の「資本主義の精神」、このような精神風土から誕生した新生アメリカは銀行・運河・大学など国家インフラの設立はトップダウンで特許会社が独占的に請け負って構築してきた。
アメリカ独立宣言の起草者の一人、トーマス・ジェファーソンは裏庭で数百人の奴隷プランテーションを経営し自らも数十名の奴隷を所有していた。また初代大統領のジョージ・ワシントンは1785年ポトマック社(運河網構築のためのポトマック川改良工事会社)の社長となり、トーマス・ジェファーソンはその取締役におさまったのである。いうならば大統領と総理大臣で会社を作り国家システムの構築に励んだようなものである。
その半世紀後にアメリカを歴訪したフランスの思想家トクヴィルは、アメリカの民主主義を次のように評した。「情報の過剰から生まれる無知というものがある。専制国家では、誰も何も言わないので人は行動の術を知らない。民主国では、ありとあらゆることを言われるので、人はでたらめに行動する。前者は何も知らず後者は言われたことを忘れる。一つ一つの絵の輪郭が無数の細部の中に埋もれて見えないのである。」
リベラル哲学の泰斗、MITのチョムスキー名誉教授は「1950年代こそアメリカ社会の黄金時代であった」という。
1950年代とは、第二次大戦が終わり、民主党のハリー・トルーマン第33代大統領の政権後半、共和党のドワイト・アイゼンハワー第34代大統領の政権前半の時代である。
平均的労働者に正当な賃金が支払われ。労働者たちはローンで家を買い、新車を買った。誰もが家族と一緒に「アメリカン・ドリーム」を満喫できる時代だった。
アメリカの製造業が生産した製品をアメリカ国民が買う、そこにはアメリカ企業・工場の海外へのアウトソーシングなどあり得なかった。労働者を守る労働組合は強固で労使関係はすこぶる良かった。いうならばアメリカ戦後民主主義(50年代に生まれ瞬時に消滅した)と国民国家の理念が一致したハネムーン時代であった。
ところが、その後、自由貿易の負荷を担ったアメリカ経済は退化の一途を辿り、ベトナム戦争を端緒に対外戦争に活路を求めるも失敗の連続。高い失業率、企業倒産や銀行破綻、大学授業料の高騰が平均的労働者の生活を圧迫、貧富の差は年々広がって行った。しかし、対外戦争は無意味ではなかった。DARP(Defence Advanced Research Projects Agency,国防高等研究計画局)がインターネットの原型ARPANETをアメリカ国内の大学と協力して開発したのである。インターネットにより世界は激変した。アトムからビットに、アナログからデジタルへと情報伝達手段が一変し社会・経済価値の革命的な変動が起きたのである。日本の産業界が半導体開発や生産効率化に血道をあげている間に、アメリカはインターネットのプラットフォームたるポータルサイトを独占的に占有する戦略でパックス・アメリカーナ復活の栄誉を手にしたのである。(アメリカ政府投資額はAppleのみで当時40億ドル超といわれGAFAでは莫大な額になったと思われる)その結果、いまや人口比1%に満たない超富裕層がアメリカの富の99%を独占しWinnner takes all、ハイエクとフリードマンも驚嘆する新自由主義の極地と化している。
アメリカの歴代政権は民主党も共和党も平均的労働者の生活を守る政策を推進すると口先では言いながらも実践はしなかった。保守もリベラルも政権を取ると、既得権益のための政策に終始した。それはジョン・F・ケネディからバイデン大統領まで変わらなかった。アメリカの国家システムとはアメリカの会社システムと本質的に同じものであったのである。
アメリカの歴史をこのような観点から解釈してみると、トランプ氏の大統領再選はアメリカ社会のDNAがなせる結果であり、イーロン・マスク氏の閣僚登用もUSスチールの売却拒否も素直に納得できるのである。
(まさに)アメリカにしかないアメリカの良さといったものは、アメリカが国際政治に参加しないことを前提として可能なものであった。(「文明が衰亡するとき」高坂正堯)