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歴史の終わり

歴史 民主主義 トランプ

民主主義と自由経済が最終勝利を収めたとフランシス・フクヤマが「歴史の終わり」に華々しく宣言してから四半世紀を経過しました。この間に自由経済の姿は自由貿易から関税撤廃そして各国内の諸規制撤廃へと進行しいわゆるグローバル・エコノミーへと変貌しました。これで世界経済は拡大し人類はより豊かで幸せな生活が送れる民主主義のさらなる発展により平等で平和な世界が来ると多くの人は夢見ました。ところがいっこうに平和にも豊かにもなりません。グローバル・エコノミーの正体とは単に規制解除をして自由になるというだけの 目的なきネガティヴフリーダムに過ぎない新自由主義に立脚した既得権益層の偽装金権強欲主義であることがようやく分かってきたのです。その象徴的な出来事がOccupy Wall Street運動でした。財力=カネという価値基準だけで不当に差別化、抑圧され生活権をも収奪されかねない市民が金権強欲主義の牙城を占拠したのでした。その金権主義に対する異議申し立てには多くの人が参加していきました。いっぽうで庶民が既得権益層に入り込もうとすると有力大学の肩書きが不可欠その学費は無謀に高額で何とか学生ローンで卒業してもローンの返済に追われるだけの社会人生活。追い討ちをかけるように紛れ込んだ企業はグローバル化で世界中からコストの安い労働力を容易に入手可能で、ここでも金権強欲主義の犠牲とならざるを得ません。

かたや民主主義はどうなったか。そもそも民主主義とは共通の価値観に立脚するからこそ多数決の論理が成立するものですが、カネにすべての価値を置く金権強欲主義では如何なる国でも国民的な共通価値観とはなり得ません。逆説的ですが、それゆえに金権強欲主義はグローバル化し各国の既得権益層と連帯しないと成り立たないのです。そして金権強欲主義が席巻した国ではカネのない市民、つまり経済投票権のないサイレントマジョリティが量産され貧富の格差は時々刻々と拡大していきました。

トランプにサイレントマジョリティ反グローバリズムの勇姿をヒラリーには既得権益層の妄想を見たのでした。