bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

COVID-19と人災

中国の武漢が発生源とされる新型コロナウイルス=COVID-19ですが、その感染リスクを指摘したお医者さんは中国政府よりデマ騒伝罪に問われ、患者対応により自らも感染して亡くなられたのことです。

彼の指摘を真摯に中国政府が受け止めていれば、ここまで大きな問題にはならなかったことでしょう。これは一種の失政であり原因は人災ともいえるのではないでしょうか。

 

翻って日本では横浜港の洋上に3千人のクルーザーを放置し世界が洋上の監獄だと指摘して注視する中いまだ確たる対応ができません。先日は善意の差し入れのシュウマイ弁当4千食が無駄になったとも聞きます。その無策を嘲笑うかのように国内各地で感染者が続発し、お亡くなりになる人まで出てきています。この方はなんと四ヶ所の診療所で診察を受けていたとのことです。いかに新種のウイルスとは言え日本の医療レベルの低さに驚くばかりです。

抜本的方策は不得手でも対処療法は得意なはずの日本はどうなったのかと思います。

 

そこで思い出すのは、モリカケ加計学園です。加計学園は、国家戦略特別区域諮問会議にて「先端ライフサイエンス研究や地域における<感染症対策>など、新たなニーズに対応する獣医学部の設置」の対応として新設されました。

加計学園が選定された経緯については様々な疑惑がありましたが、なかでも安倍首相の関与がその大きなものでした。ここで疑問です。安倍首相を追及した野党は、なぜ加計学園感染症研究の成果を問わないのでしょうか。国家戦略の成果を検証する絶好の機会ではありませんか。

また国の感染症に対する統括部門たる国立感染症研究所はどうなってるのでしょうか。

一部の報道で、年間予算が10年間で20億円減らされていると聞きました。そこで調べてみると昨年の予算は対前年比で1億4千万円ほど減額となっていました。内訳は試験研究費他が5,902から5,869 施設設備費が290から181です。(単位は100万円)

これをもって政府の責任云々は言えませんが、国家予算の配分が妥当なのか、そして使途は適正なのか疑問を持たざるをえません。

国家予算を決めるのも運用するのも人です。

ここに問題があるとしたら、やはり人災なのでしょうか。

フットボールはなぜ日本ではうけないのか。

例年のごとくスーパーボールを見ながらフットボールが日本で人気がないのは何故かと思いました。

 

フットボールの魅力は多々ありますが、ワン・プレイ毎にタイムが止まりその時点での点差と残り時間から最適なプレイ(戦術)を瞬時に選択して勝利への確度を高める戦略性そこに最大の魅力があると思います。プレイ事前の推定確率と選択した戦術から得た情報を加味したベイズ推定による攻守のプレイ推測が観客には知的興奮をもたらします。プレイが中断する都度この確率推定ゲームはプレーヤーと観客を知的興奮の坩堝に巻き込みます。スピード感あふれるプレイさらには判定にたいしてチャレンジできる批判精神、最後の数秒で逆転が可能な意外性なども魅力です。

 

戦略策定が不得手で周囲環境に対応するだけの戦術は得意でも外部や部下からの批判を忌避する多くの日本企業そして日本政府とはまったく別の世界です。このような社会に順応するだけの多くの日本人にはやはり好まれないのでしょうね。

公務員法のトリック

日本国憲法で定められている「公務員」は私達が考えている公務員ではありません。

この仕掛けによって、政治的に当事者意識の希薄な日本社会になってしまったと思います。これに気づいた時には身震いしました。長年の疑問が融けたと実感しています。

 


公務員法トリックの概要を記載してみます。

 


日本国憲法 

第15条(公務員)

 公務員を選定し、及びこれを罷免することは国民固有の権利である。 

2 すべて公務員は全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。 

3 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

4 すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択 

  に関し公的にも私的にも責任を問はれない。

 

 この条項でいう公務員とは、私たちが公務員と呼んでいるお役所の職員ではなく、選挙で選定される政治家のことになります。では公務員の規程はどこにあるのでしょうか。国家公務員については73条の4号に「官吏」として記載があります。

 


憲法73条(内閣の職務)

 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
 1号 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
 2号 外交関係を処理すること。
 3号 条約を締結すること。 但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を 

    経ることを必要とする。
 4号 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
 5号 予算を作成して国会に提出すること。
 6号 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令   

    には、 特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができな

    い。
 7号 大赦、特赦、減刑刑の執行の免除及び復権を決定すること。

 


ところが国家公務員法では次のように記されています。

 


国家公務員法 

第1条

この法律は、国家公務員たる職員について適用すべき各般の根本基準(職員の福祉及び利益を保護するための適切な措置を含む。)を確立し、職員がその職務の遂行に当り、最大の能率を発揮し得るように、民主的な方法で、選択され、且つ、指導さるべきことを定め、以て国民に対し公務の民主的且つ能率的な運営を保障することを目的とする。

2 この法律はもつぱら日本国憲法第73条 にいう官吏に関する事務を掌理する基準を定める。

 (以下略)

 

 

第2条

 国家公務員の職は、これを一般職と特別職とに分つ。

2 一般職は、特別職に属する職以外の国家公務員の一切の職を包含する。

3 特別職は、次に掲げる職員の職とする。

一 内閣総理大臣

二 国務大臣

三 人事官及び検査官

四 内閣法制局長官

五 内閣官房副長官

五の二 内閣危機管理監及び内閣情報通信政策監

五の三 国家安全保障局

五の四 内閣官房副長官補、内閣広報官及び内閣情報官

六 内閣総理大臣補佐官

七 副大臣

七の二 大臣政務官

七の三 大臣補佐官

八 内閣総理大臣秘書官及び国務大臣秘書官並びに特別職たる機関の長の秘書官のうち人事院規則で指定するもの

九 就任について選挙によることを必要とし、あるいは国会の両院又は一院の議決又は同意によることを必要とする職員

十 宮内庁長官侍従長東宮大夫、式部官長及び侍従次長並びに法律又は人事院規則で指定する宮内庁のその他の職員

十一 特命全権大使特命全権公使、特派大使、政府代表、全権委員、政府代表又は全権委員の代理並びに特派大使、政府代表又は全権委員の顧問及び随員

十一の二 日本ユネスコ国内委員会の委員

十二 日本学士院会員

十二の二 日本学術会議会員

十三 裁判官及びその他の裁判所職員

十四 国会職員

十五 国会議員の秘書

十六 防衛省の職員(防衛省に置かれる合議制の機関で防衛省設置法(昭和二十九年法律第百六十四号)第四十一条の政令で定めるものの委員及び同法第四条第一項第二十四号又は第二十五号に掲げる事務に従事する職員で同法第四十一条の政令で定めるもののうち、人事院規則で指定するものを除く。)

十七 独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第四項に規定する行政執行法人(以下「行政執行法人」という。)の役員

 

(以下略)

 


国家公務員法では、官吏(職員)を公務員と呼んでいます。そして公務員は職員集団の福祉および利益の保護確立をする。その上で、国民に対する職員の集団主義的な運営を目指すものと規程しています。

この内容を換言しますと、国民ではなく公務員が主役でまず公務員自身の福祉および利益の保護を確立して、そののちに国民に対する集団運営を行う、つまりお役人が事実上の主権者ということになってしまいます。そして政治家は特別職として公務員の添え物扱いとなっています。いうならば添え物を選ぶ国民に主権はなくお役人が主権者という暗喩になっているように思えます。

以上は国家公務員についての考察です。

ご参考までに地方公務員法の第6条任命権者を以下に掲載しておきます。

(任命権者)
第六条 地方公共団体の長、議会の議長、選挙管理委員会、代表監査委員、教育委員会、人事委員会及び公平委員会並びに警視総監、道府県警察本部長、市町村の消防長(特別区が連合して維持する消防の消防長を含む。)その他法令又は条例に基づく任命権者は、法律に特別の定めがある場合を除くほか、この法律並びにこれに基づく条例、地方公共団体の規則及び地方公共団体の機関の定める規程に従い、それぞれ職員の任命、人事評価(任用、給与、分限その他の人事管理の基礎とするために、職員がその職務を遂行するに当たり発揮した能力及び挙げた業績を把握した上で行われる勤務成績の評価をいう。以下同じ。)、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有するものとする。
2 前項の任命権者は、同項に規定する権限の一部をその補助機関たる上級の地方公務員に委任することができる。

予測が当たったBREXIT

                     2016年6月初旬に私は以下のよう国民投票を予想しました。

「英国はEUを離脱するであろう」

その通りになりました。

 

英国のEU離脱についてどうも巷間では政治、経済の問題として論議されているようです。

しかし私はこの問題は文化の問題として考えるべきだと思います。

その理由は以下の通りで英国民はEU離脱を選択すると思います。

 

EUを主導するのは名実ともにドイツであることは言を俟たないと思います。

昨今のドイツ隆盛の主因となったのは、ソ連崩壊というロシアの「陰の協力」と宿敵フランスの「陽の協力」という歴史のアイロニーだとの名言があります。

この言葉はまさにEUの本質を言い当てていると言えます。

 

EUの本質とは経済云々ではなく異文化の野合がもたらした意図せぬ結果としてのドイツ文化圏の強化と拡大であり、その現状はユニコーンたるドイツの帝国化とその他諸加盟国のドイツに対する服従と怨嗟の抜き差しならぬ絡み合いだと思います。

 

ドイツというのは偉大な文化国家だとは思いますが人間存在の複雑さを視野から失いがちでアンバランスゆえの強みと恐ろしさがあります。

その権威主義的文化はドイツの指導者たちが専制支配的立場に立つと国民に固有の精神的不安定性を生み出してきたと考えています。

いまやEUの盟主となったドイツはその独裁的立場を強化するとともに第二次大戦端緒の電撃作戦を彷彿とさせるかのごとき中国への急接近を図りEU枠外へのドイツ圏拡大化に邁進し民族国家としての精神的沸点をEUにまで投射しかねない危険性を覚えます。

ドイツとの長年にわたる抗争の歴史から英国がこのような疾風怒濤ドイツへの危惧を持たぬはずはないと思います。

 

それでも経済的合理性に立脚した判断は国家戦略としてはあり得るかもしれません。

しかし問われているのは国民の意思であります。

資本主義そのものがその綻びから限界へと死に至る病のいま、経済的合理性という即物的判断から歴史的敗北ともいうべき民族の屈辱に耐えてまで、ドイツ支配下EU圏に残留する価値があるのでしょうか。

 

世界の耳目を集めた英国の選択がEU残留となると満天下注視のもとに、ドイツ国民は「金目ゆえの協力」という不倶戴天の敵からのこれ以上ない皮相的な贈り物を享受し慢心して現代版第三帝国の妄想に走らぬとも限りません。

それはドイツへの勝利の女神の祝福を世界に印象付け、仇敵の繁栄に自らの身を投げ出し延命を図った英国には敗者の烙印を焼き付けることになりかねないからです。

英国民が寄って立つべきは金目ではなく世界が認める栄誉ある大英帝国の歴史と不屈の国民精神ではないでしょうか。

かつてはその精神で世界を制覇したのですから。

英国民に骨肉化された大英帝国の誇り、それは経済的合理性という選択肢を葬り去るのではないかと思います。

 

※ここで私はドイツを非難する意図は全くありません。むしろドイツ好きですので追記します。

 

BREXITと地政学

(まえおき)

12月20日付ロイターは「英下院は20日、欧州連合(EU)離脱に向けた関連法案の概要部分を巡る採決を実施し、賛成多数で可決した。主要なハードルを突破し、ジョンソン首相が目指す来年1月末のEU離脱達成は現実味を帯びてきた。」と報じています。

 

国民投票から3年半が経過して英国のEU離脱いわゆるBREXITが実現するようです。

 

しかし英国国立経済社会研究所(NIESR)ではボリス・ジョンソン英首相がEUとまとめた離脱協定案に従って英国がEUを離脱した場合、離脱しない場合に比べて年間700億ポンド(約9兆8000億円)の経済損失が見込まれるとの報告書を発表しています。

 

BREXITに対するこのような否定的な評価は多くの国々や専門識者間では共通認識のようです。

確かに経済がボーダレス化された世界の枠組みから考えますと、EU規制から解放され移民制限などにより雇用環境の改善や社会福祉面で生じるメリットを考慮したとしてもEU離脱は英国にとり負の側面が大きいものと思います。

 

 (地政学的にみると)

しかしBREXITという事態を地政学的な観点から考えてみると異なる局面が見えてくるような気がします。

 

まず英国の地勢はユーラシアの、そしてEU(いわゆる旧大陸)の大西洋における玄関口の地位を占めています。また南北のアメリカ大陸(いわゆる新大陸)へ海路で直結できるというEUに比して優位な立地にあります。いっぽう西の玄関口を英国に抑えられたEUは東にロシア、北には北極海そして南にはトルコそしてイランが位置しています。

 

このような英国とEUの地勢図を背景に、地政学上これから大きな影響を及ぼすと予測される気象の問題を考えてみます。

気象がこの地域に与えている大きな影響は気候の温暖化であろうかと思います。地政学的に考えますと温暖化の一層の進行により北極海経由の航海路が現実味を帯びてくると思えます。

さらにグリーンランドへの評価も高まることでしょう。昨年末にトランプ大統領グリーンランドの購入を言及したように将来グリーンランドが水資源大国となりうる可能性もありえます。

これらの気候変動による影響は、米国やEUに比べ北極海グリーンランドへの距離の利点がある英国とカナダ両国(英連邦)にとり地政学的のみならず経済的にも明るい材料といえるでしょう。

たとえば英国から太平洋への航路ですが、15世紀末の喜望峰航路から19世紀のスエズ運河航路そして21世紀には気候温暖化の恩恵により北極海を経由する最短路の位置を獲得できることになります。英国からロシア北岸を周りベーリング海峡に至り南下すると、太平洋の両岸にシーパワー*とランドパワー(*ハートランド参照)の大国である米国とロシアが控えています。

 

気象問題からEUの地勢に目を転じますと、EUの東側、ユーラシアの生命線と言われたハートランド*を抱えるロシアは先日150年来の宿願をようやく果たし長年の夢を現実化しています。

その宿願とはクリミア戦争ロシア革命そして第二次世界大戦と三度にわたり頓挫を余儀なくされたハートランドを縦断する2500㎞の鉄道を完成させたことです。

バルト海沿岸のサンクトペテルブルクからハートランドを縦断してセヴァストポリに至る黒海への出口を確保したのです。そのさきにはかって国際連盟の本部拠点の候補にまで挙がった東西文明の合流地コンスタンティノープルイスタンブール)が控えています。

さらにロシアの南東にはランドパワー大国の中国が位置し一帯一路のインフラ戦略によりシーパワーを獲得して中華帝国復活への道を邁進しています。

 

(歴史と地政学

ロシアも中国もランドパワーの国です。

しかし、かつては中国からインドを経てコンスタンティノープルイスタンブール)に至るまで英国のシーパワーがハートランドの4分の3を抑えていたのです。

 

ランドパワー論で有名な地政学者のマッキンダーはその著作で次のような指摘をしています。

海上における勝利の頂点としてのトラファルガーとナポレオン戦の戦局の逆転をうながしたモスクワとが、真のヨーロッパの東西の極限に近い位置にあった。」

マッキンダーのこの指摘は第一次世界大戦後の1919年のことでした。

ところが第二次世界大戦においても彼の言葉を裏付ける事態が生じています。それは、ヒットラーの進撃をロンドン空中戦で、また戦局の転換点となったスターリングラード(現ヴォルゴグラード)地上戦で、EUに相当する地域を含む真のヨーロッパの東西両極で食い止めたのです。

 

英国のシーパワーとロシアのランドパワーは不作為にもかかわらず結果的には協力して、真のヨーロッパの守護神のごとく 現EU地域を歴史的に護持してきたとも言えます。

 

バルト海から黒海に直結するロシア帝国夢の鉄路が縦断するハートランドの西側にはバルト海沿岸のポーランドから南下してチェコスロバキアハンガリーそしてルーマニアを経て黒海沿岸のブルガリアに至るまで旧ソ連の友邦諸国が連なります。

これら諸国はいずれも真のヨーロッパに位置しており第一次、第二次両世界大戦の最大激戦地でした。今はEU加盟国となっていますが必ずしもEUの仕組みには満足をしていない様子です。

 

(まとめ)

「歴史は繰り返す」といわれます。

 

この論拠について、次のように私は解釈しています。

歴史を編んでいくのは社会の動態である。

その社会というものは既存の環境を前提としながらも、それを改変していく、それが動態である。

改変とは、歴史の記憶と未来の希望(欲望)を動因とする集団的な動員の継起である。

その結果を考察すると、そこには歴史を通じて一定の軌道のようなものが見いだせる。

 

これがいわゆる歴史の経路依存性*です。

「いつか来た道」というように国家もまた経路依存性を帯びるものといわれます。

 

BREXITという事象がハートランドの西側諸国にどのような影響を与えるかは予測がつきません。

しかし明治維新をはじめ辛亥革命ロシア革命など国家の軌道は内圧よりむしろ強大な外圧により変更されることが数多くあることを歴史は語っています。

外圧に翻弄され続けてきたハートランドの西側諸国(旧東欧)の歴史を顧みますと「ハートランド」、そして「歴史の経路依存性」という二つのキーワードは頭の片隅に置いておくべきかと思います。

 

ひょっとするとBREXITEU包囲という予期せぬ歴史的なハズミを誘発することになるかもしれませんから。

                                                         以上

 

 

 

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 *ハートランド(heartland)

オックスフォード大学で地理学を学びのちに現代地政学の祖といわれたH.J Mackinderがその著作「Democratic Ideals and Reality」(日本版、「マッキンダー地政学」)で次のように使用した。

Who rules East Europe commands the Heartland;

Who rules the Heartland commands the World-Island;

Who rules the World-Island commands the World.

注:World-Island とは ユーラシア旧世界のこと。

彼は「Foreign Affairs , July 1943」 でハートランドを以下のように説明している。

ユーラシアの北の部分であり、かつまた主としてその内陸の部分、北極海の沿岸から大陸の中央の砂漠地帯に向かって延びておりバルト海黒海とのあいだの大きな地峡がその西側の限界になっている。この概念は地図上では明確に限定することはできない。

 

*シーパワー(sea power)

地球表面の12分の9は海が占めており(12分の2は旧大陸、12分の1は新大陸その他の島など)、ここから歴史的な海戦の歴史を分析したアルフレッド・セイヤー・マハンの「海上権力史論」(The Influence of Sea Power upon History, 1660~1783)が生まれシーパワーはランドパワーを包囲して凌駕するといわれたこともありました。

 

*経路依存性(path dependency

あらゆる状況において、人や組織がとる決断は過去に選択した決断に制約されるという理論。

具体的な例としてよく取り上げられるのは、キーボードのqwerty配列で、効率的な文字配列はいくらでもあるのに初期に普及したqwertyを今でも選択している。

この論理からネット時代の幕開けにwinner takes allと予測されたがまさにそのとおりでネットの世界はGAFAの独占となった。

 

反社会的勢力

今朝の朝日新聞によると、

「政府は10日、首相主催の『桜を見る会』に出席していたとされ問題になった

『反社会的勢力』について、『あらかじめ限定的かつ統一的に定義することは困難』

とする答弁書閣議決定した。」と報じています。

 

この記事でまず気になったのは「限定的かつ統一的に定義」という文章です。

そもそも定義とは、概念や用語の意味を正確に「限定」し「区別」することをいうものでしょう。

区別とは、複数にわたる事象間の差異を認識して仕分けることですから、その結果として区別された事象は自ずと統一的な事物(性質や品質など)となるはずです。

 

この解釈が正しければ、閣議決定された答弁書は「定義」という言語の同義反復をしたうえでさらに言語の定義を放棄しているのです。

釈明のための言い訳が馬脚を現したともとられる呆れた答弁書だと思います。

 

ところで、国家の統治者である政府が言語の定義をできないということは大変な問題だと思います。

 

なぜなら言語は社会のもっとも基底的な制度だからです。

言語は社会の中で私たちが生きていくために不可欠なコミュニケーションの重要かつ不可欠な基盤です。

民主主義の概念も法治国家の制度も言語によって(言語を基底として)創造されたものです。

言語の定義が不明確であれば為政者や権力者の恣意的な解釈がまかり通ることになりかねません。

 

その言語の定義ができないという政府に私たちの社会や国政の運営を任して良いものでしょうか。

また言語定義を放棄した政府に国家統治の正統性はありうるのでしょうか。

 

 

それでも経済成長は必要か?

1941年ロシアの秋、破竹の進撃を続けたヒットラー軍はクレムリンまであと十数キロのところまで迫っていた。しかし例年より早い冬の到来が招いた泥濘と降雪が進撃の足を止め、世界で最も近代的な機械化部隊はその攻撃の成功にもかかわらず農業用荷車しか持たぬ歩兵部隊に頼らざるを得ない状況に陥り敢え無くヒットラー軍は敗退した。

これすべて兵站戦術の失敗であるといずれの戦史家も述べてきた。
兵站戦術とは軍隊を動かしかつ軍隊に食糧弾薬や他の戦争必需品を補給する実際的方法である。すべての戦需品の消費量予測と補給基地から前線部隊までの搬送手段、距離などを問題に不確定要素をも加味して専門家が叡智を尽くし研究した結果の戦術それが補給線である。

ナポレオン、ヒットラーの戦争は電撃作戦が敵陣に与えた衝撃は大きく攻撃は成功したかにみえた、しかし進軍速度に追いつかない補給線その限界が進撃を停止させ思わぬ敗退を招いた。

16-17世紀の戦争の戦需品は主に食糧であり前線での現地徴収が可能であった。このため補給線は戦力増強と戦線拡大策に追従すれば事足りることが多かった。
しかし近代戦は科学技術の発展が兵器、輸送手段の強化と前線速度の高速化を可能にした。また科学技術はかっての食糧と弾薬のみでなく現地調達が困難な自動車、重火器、燃料など幾何級数的な戦需品の多様化と増大をもたらすことにもなったのである。補給線戦略が主役に躍り出たのである。

20世紀初頭には既に補給線が注目されていたのであった。日露戦争では、日本側が勝利するたびに日本公債が売られた。露軍が後退することで日本の補給線が伸びるリスクの方がロシア敗退より大きいと世界は読んだのである。

ところが日中戦争における日本軍は日露戦勝利への神話的信仰に執着するあまり補給線への配慮を欠いた。これが対米戦に至るまで展開された日本軍失敗の本質ではなかったのか。

翻って現代は金権強欲至上主義に堕ちた新自由主義の経済戦争真っ盛り。かっては奇跡的な高度経済成長でジャパン・アズナンバーワンと世界に勇名を馳せたわが国。しかし昔日の栄光を踏襲するまま安逸な日々を過ごしてしまった。そして今の日本がある。
モノへの欲望は有限でありコトへの欲望は無限なることに気付くのが遅過ぎた。


電子・金融機関の創造によりIT技術の進化がもたらしたモノのコモディティ化と情報知力戦の高速化と多様化、これが現代の経済戦争の特徴であろう。これにまったく追いつけず成長戦略さえ企図できぬまま知の補給線が延び切ったこの国、起死回生とばかり声高に一億総決起や戦線拡大こそ国家の生命線と叫ぶ大日本帝国軍の如き亡霊が徘徊している。
いっぽうでは連日のごとく発生する首都圏など公共交通機関のトラブルや立法行政府の不始末。
社会の物理的構造インフラは老朽化し民主主義の精神的インフラが陳腐化して、いずれもシステム疲労を起こしたうえに知の劣化が進行している。

見て見ぬ振りをして騙し騙されてきた官民共謀の延命策は万策つきつつあるのではないか。
絶頂期に策定した政策は福祉政策を含めてそのほとんどが画餅に帰しいまや国民国家の補給線そのものが非常事態に瀕しているのではないだろうか。

経済成長が至上命題である時代は昭和とともに終わり、そして経済成長が進歩であり幸福や善だと信じ切っていた国民的な道徳律も平成とともに終焉しているのではないだろうか。
そもそも今の日本という国は経済成長を支える補給線の構築が可能だろうか?バブル破綻からの失われた20年それに続くアベノミクスすべて兵站戦術の失敗その連続ではなかったのか?

いや、政府の無能無策を論じる前に本当に経済成長が日本の最大課題で国民それぞれの人生の最終目標だろうか。

過去の遺物に過ぎぬ物量経済という山頂を極めてはや30年が経過したいま、身の丈に合った知的装備を整え損失を最小限にとどめいったんは下山の途につくべきだろう。
そして新自由主義の呪詛を排し沈着に自身とその周囲環境を把握して知力を磨きモノからコトへの次に来る価値創造の戦略を考えるべきだろう。
令和とは新たなる山頂はどこかしかと見極め補給線を万全に整えた登山計画を真剣に胆力を持って練る雌伏の時期ではないだろうか?