bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

ウクライナ侵攻で得をするのは誰か?

 

(先月の記事「アメリカはなぜウクライナを軍事支援しないか」の続き)

 

今年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻は短期間のうちにロシア勝利に終わるだろうと私は思っていた。しかし予想に反してウクライナは強力な軍備を布いて反撃し侵攻後2か月を経過したが戦況は膠着状態だ。

 

 私の予想はなぜ大きく違ったのか軍事の素人ながらも考えてみた。

連日TV画面に流れるウクライナの戦闘シーンを見ていて思い浮かんだのは、2ヶ月も続くこの戦争で最も得をするのは誰なのかということだった。

 

まずロシアについて考える。

ロシアが軍事侵攻によりウクライナ領土を手に入れるメリットはどこにあるのだろうか。

ウクライナが誇る(価値)のは西欧の穀倉といわれる広大な穀物地帯であろう。しかし現在の領土でさえその人口に比べて不釣り合いに大きすぎるロシアである。さらに領土を拡大し民主主義の洗礼を浴びた他民族を取り込んでは統治の困難さが増すだけだ。さらにNATOと国境を接することになる。情報技術が進化した現代、隣接地から(への)情報や人の流れを完全に閉鎖するのは容易でない。非ロシア的な西欧思想・文化の流入や自国の優秀な人材の流出など社会・経済的リスクが増大して結局はソ連の崩壊と同じように内部崩壊の歴史を繰り返すことになりかねない。

世界の穀物輸出の30%近くを占めるウクライナの穀倉地帯はたしかに魅力的である。だからといってウクライナの国土を獲得する必然性はない。種まきから収穫までウクライナが汗を流し、その成果物を手に入れれば良い話である。ウクライナ領土を手に入れ世界への穀物輸出をコントロールできるかというとそうはいかない。ロシアへの経済制裁が強化されると中国、インドに安値で供給せざるを得ないだろう。さらに穀物輸出の世界シェア40%を占めるアメリカは、畜産飼料の穀物離れ(地球温暖化,GX)により国内需要が減少していくだろう。そうなるとアメリカの輸出攻勢に晒されロシアは厳しい状況に追い込まれる。。

結局、ロシアはウクライナ国土を自国の領土にしてもあまりメリットはなさそうだ。

 

ウクライナ侵攻によりロシアが欲しているのはウクライナの領土そのものではなく、ウクライナNATO加盟を阻止すること、つまりウクライナを「NATOとロシアを物理的に隔絶する緩衝地帯(バッファ国家)とする」ことではなかろうか。とすればロシアはウクライナ全土を占拠することが目的ではない。とすれば一度振り上げた拳を納めるには停戦の仲介役が必要だ。

 

停戦の仲介役として地政学的にはロシアとも近い関係にあるトルコが適任かもしれぬがやはり役不足。衰えたとはいえアメリカが最適任なのだろう。

 

そこでアメリカの動きに目を向けよう。

メディアから流れくる映像はウクライナの悲惨な状況とアメリカ製兵器の威力を見せつける戦闘場面が連日のごとく放映されている。そこでこんなストーリーを考える。

アメリカはウクライナに兵器の供給をするだけで後はウクライナ軍がその兵器を駆使してロシアと勇猛果敢に戦闘を繰り返す。その様子は西欧はじめ各国のメディアが無料で世界に向けて伝播してくれる。すると実戦でアメリカ製兵器の実効性デモンストレーションを見た各国の軍事関係者はアメリカにその兵器を注文する。アメリカの軍事産業は潤いトリクルダウンでIT関連産業など先端技術開発に寄与する。なんのことはないアメリカのシナリオに沿ったアメリカ丸儲けの戦争ではないのか。とすれば、この戦争はしばらく継続してもらったほうがアメリカの国益になる。アメリカは早々にウクライナへの派兵を否定し武力によるロシアのウクライナ侵攻阻止という選択肢を捨てていた。その代替手段として。経済制裁を科すと宣言、そしてアメリカに先導された民主主義諸国が厳しい経済制裁をロシアに科している。このロシアへの経済制裁が継続するとどうなるか。ロシア産LNGや石油に対するエネルギー依存度の高いEUとりわけドイツ経済を痛撃するだろう。いっぽうアメリカは自国のLNGをドイツ、EUに売り込める可能性が出てくる。また政治の場ではドイツを抑えEUにおけるアメリカの相対的なプレゼンスの向上に資することだろう。

 

こう考えてくるとウクライナ侵攻の結果、もっとも得をするのはアメリカだろうと思えてくる。ひょっとするとクリミア併合以降から仕組んでいたシナリオかとも思えてくる。

 

ではウクライナはどうなのか。

 私がウクライナ・ロシア問題を現実として知ったのは、2014年3月18日のロシアによるクリミア併合だった。ところがクリミア併合直前の2月22日ウクライナでは「ユーロマイダン革命」と呼ばれる親EU派のクーデターが発生し親ロシア政権は打倒されている。クリミア併合にロシアが乗り出したのはおそらくこのクーデターに起因するのではないだろうか。

 

とすると、ここで大きな疑問がわいてくる。

当時を思い起こすとEUそしてアメリカの態度はなんともクリミア併合について素っ気ない気がした。他国に戦火が起こると、ここぞとばかり乗り出すアメリカが不思議なほどおとなしかった。民主主義陣営のリーダーを自認するアメリカとEUは当然のごとくウクライナの親EU派を支援してクリミア奪回を推進すると思っていたが、期待外れに終わった。

 

アメリカとEUがロシアのクリミア併合に対して大きな反撃もせず看過したのは何故だろうか。

理由の一つとして考えられることは、

クーデターそのものがウクライナ国民にあまり(半数程度らしい)支持を得ていなかったことだろう。その理由はソ連から独立した直後の混乱からウクライナは民主主義国家への道を遅々として歩んでいたが経済的行き詰まりなどから親EU的であったヤヌコーヴィチ大統領が一転してロシアへの急接近を図った。この変節を裏切り行為とみなして民衆が反発、蜂起した。この結果起きたのがユーロマイダン革命と呼ばれるクーデターである。このクーデターはウクライナを分割させた。なぜならユーロマイダン革命は民主主義社会への追及を掲げながら非民主主義的な暴力的手段によって政権を転覆してしまったのだ、革命ではなくクーデターだったとする国民が半数近くに達したといわれる。

 

さらに次のような背景が分断を加速化したと思われる。ウクライナ西部はユニエイト信徒のウクライナ人、中部はギリシア正教ウクライナ人、東部はロシア系住民という異なる宗教と三つの住民集団により構成された国家であり、独立後その調和と統合に営々と努力してきたエリート層の落胆はおおきかったと思われる。一説にはクーデター後ウクライナ国民の15%が海外に亡命したといわれる。亡命した多くは中高年の技術者、高学歴者そして20代の若者という国家にとって最も重要な人たちだったといわれる。余談だが西部ウクライナはかつてナチスドイツの占領下にあり極右勢力がいまだ根を張っておりユーロマイダン革命を主導したとされる。それゆえプーチン大統領はネオナチという言葉を時に発するのだろう。

 

理由の二つ目は、ドイツ統一の決まった1990年アメリカのベーカー国務長官ソ連ゴルバチョフ書記長に対して「NATOを東方へは一インチたりとも拡大しない」と伝え、さらに翌日には西独のコール首相が「NATOはその活動範囲を広げるべきでないと考える」と伝えているという事実があったようだ。ところが1999年にポーランドハンガリーチェコが、2004年にはルーマニアブルガリアスロバキアスロベニアエストニアラトビアリトアニアが雪崩を打ってNATOに加盟したのである。これは歴史上に類例をみない武力行使なき版図拡大である。このNATOの版図拡張はロシアにとり大きな衝撃であったと思われる。アメリカとEUは、「NATOは東方に拡大しない」と言う約束を一方的に破ったからだ。ロシアはアメリカに抗議するも外交上の口約束lip serviceにすぎぬと一蹴されたという話もあるようだ。こんな話がもし事実だとすれば、おそらくアメリカもEUも罪悪感というより後ろめたさfeel guiltyからロシアのクリミア併合に関して強硬な態度には出られなかったのではないだろうか。

 

クリミア併合に対するアメリカそしてEUの予想外の反応(強い抵抗がない)をみてロシアはアメリカとEUに関する情勢判断が甘くなったのだろう。そのため安易にウクライナ侵攻を計画したのではないだろうか。ところがロシアのウクライナ侵攻を予測してアメリカは4-5年前からイギリスとともに軍事顧問団をウクライナに派遣、ウクライナ軍への軍事教育訓練をおこなっていたといわれる。このため罠にはまったロシアはウクライナ軍の意外な抵抗に遭遇し侵攻作戦は困難を極めているのだろう。

 

私の憶測からすると、アメリカはウクライナへの武器供与や資金援助を積極的におこなうものの停戦の口利きなど行わないだろう。EUがエネルギー欠乏の惨状を来しアメリカ産LNGを言い値で購入せざるを得ない日がやがて来るだろう。

ロシアもドイツも疲弊して美味しい果実が実るまでアメリカは静観を続けるだろう。

いや、ウクライナ作戦がうまくいったので、ひょっとすると「〇〇有事」病の日本を第二のウクライナにすべくシナリオ作りに取り掛かっているかもしれない。

 

 

 

 

(この論考の背景)

ウクライナ問題について詳しいジョン・ミアシャイマーシカゴ大学教授が2014年9月にフォーリン・アフェアーズ誌に寄稿した論文(「Why the Ukraine Crisis Is the West's Fault」)を読み返してみました。同教授が8年前に警鐘を鳴らした通りの事態が2022年2月に起きたのです。そのポイントを紹介しましょう。

ウクライナ危機の直接的な原因は、欧米がNATOの東方への拡大策をとり、ウクライナを欧米世界に取り込もうとしたことにある。欧米は、ロシアと国境を接するウクライナを欧米圏に組み込もうと試み、大きな失敗を犯した。今後も間違った政策を続ければ、さらに深刻な結末に直面することになる。

米国は1990年代半ば以降、NATOの東方拡大策をとり始めた。2008年にブッシュ政権グルジアウクライナの加盟も検討し始めたが、フランスとドイツは「不必要にロシアを挑発することになる」と警戒して、これに反対した。しかしNATOは「これらの国はいずれメンバーになる」という声明を発表した。

これに対しプーチン大統領は、「グルジアウクライナNATOに加盟すれば、ロシアに対する直接的脅威になる」と表明した。2008年8月のロシアのグルジア侵攻は、グルジアウクライナNATO加盟阻止にプーチンが本気であることを立証した。

しかしNATOは2009年にアルバニアクロアチアをメンバーに迎え入れて拡大策を続けた。EUも東方拡大路線をとった。2014年2月にウクライナのヤヌコビッチ政権が崩壊したとき、ロシアの外相が「EUは東欧に勢力圏を作ろうとしている」と激しく批判したのも無理はない。

米国は、ウクライナに欧米の価値観を浸透させ、民主化を促進させようとした。これに対しプーチン大統領は、ウクライナとの国境に大規模なロシア軍を配備し、軍事介入も辞さない姿勢をみせた。ウクライナはロシアにとって戦略的に重要なバッファー国家なのだ。現在の政策を続ければロシアとの敵対関係はさらに激しくなり、誰もが敗者となるだろう。