bekiranofuchi’s blog

社会を独自の視点で描いてみたいという男のつぶやき。

天皇

昭和天皇は平和主義者なのか。

昭和天皇は、いつも分限とか格好にこだわり国民心情とくに貧者や弱者への洞察と寛容にかけた小心狭量な人物であったと思います。そして決して立憲君主主義者でも平和主義者でもなかったといえます。 以下にその例を挙げてみます。 人事介入 1939年、阿部内閣…

「二・二六に思う」ーあの日の雪は汚れていたのかー

天皇が年頭の感想で語った満州事変に始まるあの戦争は敗戦から70年、そして今日は雨降りの2月26日、二・二六事件79年目の記念日となる。 あの戦争は国民不在の状況で哲学なきエリートと既得権益者が結託した戦争であり金権強欲主義の敗北でした。 一方、明治…

《二・ニ六事件の謎》

今日は二・ニ六から82年目の2月26日。 この事件が未だ謎であることを指摘してみます。 歴史教科書では、次のような説明をしています。 「政治的発言力を増した陸軍の内部では、隊付きの青年将校を中心に、直接行動による既成支配層の打倒・天皇親政の実現を…

二・二六事件とは何だったのか。

この事件は陸軍を二分した「皇道派」と「統制派」の内部抗争に端を発した軍部クーデタだった。そしてクーデター失敗により失墜した皇道派にかわり陸軍の覇権を掌握した統制派の独裁が進展した。その結果が軍部の暴走を招いた, というのが通説です。 私はこの…

『日本人の「戦争」』

日本人の精神構造からあの戦争とはなんだったのかを抉る。その論考は哲学的深淵に至る名著。 楠正成、織田信長の戦から明治へと身分差別を打破して国民の時代を築いた日本。日清・日露は「国民の戦争」を戦うことができた日本。 しかし文明開化は欧米人でも…

12月8日に考える。

12月8日に考えること。 それは、なぜ戦争は始まったのか? 分岐点はいつだったのか? なぜ戦争に敗れたのか? である。 敗戦直後の1945年11月、わが国は戦争への道を自らの手で検証しようと国家的プロジェクトを立ち上げた。それが戦争調査会だった。幣原喜重郎…

自虐史観のどこが悪いのか。

日本が戦った大東亜戦争のおかげで多くのアジア植民地は独立することができたのである。それなのに日本に感謝するどころか逆に謝罪を要求するとは恩知らずだという人がいますが、それは日本人が言うことではないでしょう。 ヤマトタケルのように卑劣で残虐な…

教育勅語と森友学園騒動の文脈

「父母に孝・・・夫婦相和し・・・」 という教育勅語の徳目のみを抜き出して、いいこと言っているという表層的な論調が目につきます。 そこで教育勅語、愛国、森友学園の三点セットから読み取る政治の文脈についてです。 教育勅語の徳目について。 教育勅語…

「終戦の虚妄を排せ」

特攻に出撃する青年を「俺も後に続くから」と送り出した指揮官が昭和20年8月15日になったとたん「戦後復興に力を尽くすことが大事だ」と言い出す。他人に死を命じながら命を賭した約束を反古にした人間とこれを許容してきた国家、日本の戦後はどんな社会をつ…

天皇陛下の譲位と国体

日本国憲法の第1章は「天皇」です。その第1条(天皇の地位、国民主権)には「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する国民の総意に基く。」とあります。 しかしもっとも重要な第1条に国民の権利・義務や戦争放棄で…